産業医を利用した不当なリストラ

一部の大企業では、産業医を利用した不当なリストラ手法が使われることがあります。

まず会社は、リストラ対象となる社員に対し、本人の健康の為であるとか何かと理由をつけて産業医の面接指導・診断を受けるように促します。そして会社の息のかかった産業医が当該社員に対し、「メンタルに問題がある。このままでは病状はますます悪化するし、業務にも支障をきたす。」という趣旨の話をして、いったん休職するか、あるい退職することを強く勧めてきます。うつ病精神障害などは一般的に自覚症状が少ないことを利用した退職強要手法です。休職になった場合には、健康状態を理由に復職させず休職期間満了の自動退職へ持っていきます。

ネット上では産業医を使ったリストラ・退職強要についての様々な情報がでてきます。なかには「産業医による退職勧告」「精神病院への措置入院を誘導」「圧迫面談」「集団ストーカー」などについての言及も載っています。



ここでまずはっきりさせたいのは、労働者に対して休職や退職、入院などを勧告する権限は産業医にはないということです。

産業医は、労働者の健康管理のために様々な措置を講じることがその仕事であり、その為に会社に対して勧告を行ったり、あるいは衛生管理者に対して指導・助言を行う権限が法律によって認められています。労働者に対してではありません。

本来的な産業医の仕事とは、少なくとも毎月1回は社内を巡視し、同時にできるだけ多くの労働者と面談を行い(特に過重労働が認められる者)、労働者の健康保持の為に労働環境の改善、業務の緩和、時間短縮などについて会社に意見を言うことだと考えられます。


休職、解雇、退職勧奨、休職後の復職などの判断は全て会社が行うものです。労働者の健康管理に係る事項の場合には、会社が判断するにあたって産業医の意見を尊重すべきことが法律によって定められているだけです。ですから産業医が労働者に対して休職・退職などの労働契約上の事項について勧告する権限も強制力もありませんし、労働者側も当然それに応じる義務は全くありません。

会社が心身の不調を理由に解雇を行えば解雇の有効性が争点になりますし、産業医が面談で解雇をほのめかしていた場合は不当な退職勧奨になり得ます。入院への誘導については労働契約とは関係のない医療行為に付随する行為であり、該当労働者と医師との間の個人的問題であって、その主体は産業医に限られません(主治医も必要を認めれば入院を勧めることがあるはずです)。

また、会社が産業医の意見をもとに休職を命じたり復職を判断する場合には、就業規則の根拠規定が必要になります。例えば「欠勤が1ヵ月続いた場合に休職を命じる」という記載しかない場合には、会社に出勤している労働者を一方的に休職させることはできません。自分の会社の就業規則を確認し、休職の要件、職場復帰の要件、期間満了時の取扱いなどを詳しく確認しておくべきです。



ちなみに、このようなリストラ手法は基本的に大企業でしか行われないと考えられます。なぜなら、中小企業においては産業医は開業医に委託することがほとんどですが、会社は労働者が一定数を超えると専属の産業医を選任する義務があり、大企業の場合には専属であることが通常です。専属の産業医は実質的には労働者とあまり立場は変わらず、したがって会社の言いなりにならざるを得ない現状があるのです。



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